2009・4・6(月)
京都の梅田美代子さんが画廊を訪れたのは、1988年の春の事だった。
梅田さんは、一年先の三月に個展開催を約束されたが、五月に画廊が移転するという事が突然決ってしまったのだった。それから数ヶ月後の九月に新しいスペースユイが誕生する事になる。
小さなスペースでの作品の展示を予定していたのが、一挙に四倍の広さにになってしまうのだから、梅田さんのみならず、多くの方々を慌てさせてしまう事となってしまった。
大家さんの早川さんはひじょうに好意的な方で、地価の高いこの界隈だが、様々な面でご配慮いただきながら、比較的画廊としてはゆとりのあるスペースで運営する事が可能となったのだった。
そんな時期、梅田さんの事が特に印象的だったのは、新しい移転先の画廊を京都から見に来て下さった事があるからだ。まだ内装工事も始まったばかりで、雰囲気もつかみづらかったのではないかと思ったが、二人でほこりだらけの現場を見に行った事がなつかしい。
その時、すでに梅田さんは京都造形芸術大学の助教授だったが、とても京都の方らしい優雅な方だな、という印象で、それは今でも変らない。
梅田さんの銅版画は色彩鮮やかで、繊細な美しさが感動的だった。それまで銅版画というと、単色系のイメージが強かったが、梅田さんの作品は全く銅版画に抱いていたイメージと違っていた。
それから毎年のように大学の仕事の都合、三月に開催される梅田さんの展覧会は、西方からの春の訪れを告げるものだった。
豊かな女性の裸像がモチーフ、という梅田さんの作品スタイルはずっと変らない。しかし、今は大学の新設学科の教授になられた梅田さんに対して僭越な言い方だが、徐々に徐々にと、確実に技術が研ぎ澄まされている事がわかるのだ。
京都という日本の宝物をたくさん抱えた都市、その都市そのものが日本の宝物のようなものと思う。京都の人は、プライドが高く表裏がある、と聞く事があるが、私の知る限り、全くその逆だ。 皆とてもざっくばらんで、しかも京都の深い何かが身体に染み着いているとしか思えないあらがい難い不思議な力を持っている方が多いのである。 梅田さんをきっかけとして、教え子の方々ともご縁が出来る等、京都の方の個展開催の人数比率がスペースユイは異常に高いのだ。
その筆頭である梅田さんの作品は、優美そのものである。豊かな白い肌の女性は天上界の存在、神話の女神の様にも見えるが、なかなかお茶目な所もあり、動物や魚と戯れたりして人間界を優しく見つめてくれている。
今年の作品は、優雅さに力強さが加わった様に思える。女性が舞う様な姿でポーズをとる画面からは、優美な印象と共に何か大らかなエネルギーといった感覚が伝わって来るのだ。そして、表現技法はとても繊細なのだから、魅力的なことこの上ないのである。
木版画というのは、ペインティングやドローイングの様に筆等で直接表現するものではないことから、技術を修得すると独特の風合いが生まれて来るのかも知れない。
また、シナベニヤの表面を彫刻刀で削る作業は、色彩の数だけ重ねて行わなければならない。彫り上がったらそれを刷るという仕事が待ち構えている。たいへんな仕事である。実際の力技も精神的な忍耐力も必要な作業だと思う。
しかし、坂本佳与子さんの作品を見ていると、彫刻刀で彫られたラインが明るい色彩を伴って、楽しさがリズミカルに伝わって来る。まるで彫刻刀が絵筆になった様に軽快な感覚を覚える。触覚的なものが包含された視覚的な刺激がとても心地よく感じられるのだ。
木版画なのにこの様に自由に彫刻刀を使いこなした作品を拝見していると、今までの坂本さんの地道な修練が想像される。スリムで清々しい様子の坂本さんだが、実は右手の腕力はとても強いらしい。
また、作品の色彩もフォルムもオリジナリティ溢れる感覚がフレッシュだ。国籍も様式もどこかにある様な、どこにも存在しない様な、不思議なセンスが魅力的である。
政岡勢津子さんがデザインしたキャラクターグッズやファブリック、可愛らしい小物等は、グラハム八千代さんが経営する代官山のカーリーコレクションというショップで販売されている。お二人が企画している商品の数々を紹介、展示販売する展覧会を三年間続けている。
お二人がいとこ同士ということもあり、絶妙なコンビネーションで次から次へと生み出される新しい商品は、女性達の間で今、たいへんなブームが巻き起こっているのだ。 政岡さんはデスクでデザイン画を描き続け、グラハムさんは素材調達や制作の為、世界を駆け回っておられる。
そうして作られ店に並べられた品物はすぐに売り切れてしまい、最近は恒常的に品薄であるという事だ。ネット販売もしているが、注文が殺到し、炎上してしまう事もあるので、期間を限定してしか、ホームページには載せられないのだそうだ。 人気があるのは嬉しい事に違いないが、少し過熱気味な現象に、政岡さん達も戸惑いを覚えておられる様だ。
しかし、百年に一度の不景気等と言われているこの様な時代に、たいした事と思う。
政岡さんは、1986年にスペースユイでデビューしてから、ずっとイラストレーション関連の仕事を続けられている。長いお付き合いをさせていただいているが、政岡さんのさりげなく愛情深い人柄にはいつも心打たれる。作られるグッズにもそうした優しさが込められていることを、皆が感じて、今、ブームになっていると思うのだ。
柄に似合わないが、自分でもいくつかカーリーコレクションの物を持っている。ふわふわの可愛らしいキャラクター人形と目が合ってしまうと、もう降参!という感じなのだ。このお店の物に中毒症状を起こす人が時々いるという事を聞き、今回の展覧会でもそういった方々を垣間見たが、普段はシックな大人っぽい感じの方も多いのである。
ハートをテーマにした展覧会を始められた頃から、徐々に人気を博し、ある展覧会の時には新宿に本拠地のある大きなデパート2件から同時に、クリスマスイベントのポスターの依頼があり、困ってしまった事があった。贅沢な悩みで政岡さんも私も頭を悩ませてしまった事を思い出す。
年月の中で、表現形態は変化しているが、政岡さんの暖かさが沢山の人々に届けられ伝搬されるという、現在の様な商品デザインの仕事は、とても政岡さんに合っていて素敵な形態、と思う。
それにしても、ハートや花等のモチーフをやや抽象的にデザインし、華やかな色彩でイラストレーションを描いていらした政岡さんが、こんなに可愛らしい女の子やクマやウサギ等のキャラクターを創造するなんて思いも及ばない事だった。そしてこれらの新しく生まれた子供達や動物たちと、ご自分本来の作品とを何ら矛盾なく表現する政岡さんは、今とても生き生きと充実の日々を送っておられる。
|